政治・経済・歴史的な

【英語ニュースを読む】平成の終わり、美智子様から雅子様へ

いつもご覧いただきありがとうございます。
今年は平成最後ということもあり、テレビ等では何かと「平成最後」の文字ばかりで若干うんざり、と感じているかたも多いと思います。
昭和・平成とそれぞれが様々に語られると思いますが、すぐに始まる新しい区切りに向けて、少し考えていきたいと思います。

【英語ニュース】英ガーディアン誌より

ちなみに次の天皇は「徳仁」と書いて「ナルヒト」様、皇后は「雅子」と書き「マサコ」様となります。
雅子様について次のように書かれていました。

Crown Prince Naruhito appeared on the balcony with his wife, Masako. She has skipped some events over the years due to what palace officials have described as a stress-related illness.

“徳仁皇太子は妃の雅子様とともに一般参賀のその場にお見えになりました。彼女は何年かその公務のいくつかを、公式発表ではストレス性の病のため、お休みしています。”

雅子様の状態は海外でも知られているようです。
個人的には次の“時代”もまた、皇后の役割は大きいものになると考えています。雅子様は皇后美智子様に比べあまり快く歓迎されていないようにも思えますが、彼女がどのようなイメージを持っていくかということは次の時代にとって大きい影響をもつだろうと私は考えています。

天皇皇后両陛下のなれそめ

最近は本屋へいくと美智子様の写真集が多く並べられています。そのイメージは国民にとっての憧れであるような、美しさ・気品をもった姿として描かれているようです。そして事実、お二人のイメージは理想の社会を映していたといえます。

  • 1959年4月10日:皇太子明仁親王と御成婚
  • 1960年2月23日:第一子・第一男子浩宮徳仁親王が誕生
  • 1960年9月6日:多摩に出来た公団住宅・ひばりが丘団地をご訪問
  • 1965年11月30日:第二子・第二男子礼宮文仁親王誕生
  • 1969年4月18日:皇太子明仁親王との第三子・第一女子紀宮清子内親王誕生

4人もお子様をお産みになっているなんてちょっとびっくりしました。天皇との歴史は1960年代の日本の経済発展とその需要喚起と大きくつながっていると思います。

1960年という年は池田勇人首相が誕生した年で、彼が「所得倍増計画」として下村治によって温められてきた需要政策を前面に打ち出し、GDPを大幅に上昇させたことで知られています。

また、現・都市再生機構(UR)となっている、日本住宅公団が1955年に設立され、住宅不足に対応すべく団地建設を大きく推し進めていく時代もこの1960年代に重なります。こちらのグラフは家計最終支出と民間住宅需要の推移のグラフです。

1960年初頭から1970年代初頭までの民間住宅需要の伸びは特出していると思います。また当時の団地には電化製品の整備もされていてまさしく時代の最先端を行くものであったようです。

そのような中で天皇・皇后両陛下は時代の発展の象徴としてイメージされていくことになりました。西部池袋線にある「ひばりが丘」団地を訪問されたのも、団地と両陛下の在り方とが家族の象徴的イメージを持っていたことと重なると思います。

雅子様ってどんなお方?

「now to love」というライフスタイルなどを中心にした記事が多いサイトに雅子様のことが書かれていたので参照したいと思います。

There was good reason for all the excitement. Masako was by some way the cleverest and most accomplished woman ever to have married into the Imperial family. The daughter of a high-flying diplomat, she had attended kindergarten in Moscow and high school in the United States.
After graduating from Harvard University she returned to Japan, landed a job in the foreign ministry and later took a post-graduate degree at Oxford, where a contemporary remembers: “She was quite an enchanting mix – pretty much Western outwardly, with an American accent, but with a kind of Oriental serenity.”

“いい意味でみんな高揚していました。雅子様は賢く、もっとも何かを成し遂げる力を持つ女性として天皇家と結婚しました。優秀な外交官の娘である彼女はモスクワの幼稚園を出ているし、アメリカの高校へ進学しました。
ハーバード大学を卒業後は日本へ戻り外務省で勤め、のちにオックスフォード大学へ留学しました。同僚は「彼女はとても笑顔が素敵で、魅力的です。西洋の外から来てるけど、アメリカのアクセントを持っていて、東洋的な神秘さも持ち合わせてるの。」と語ります。”

日本での雅子様像とは全く違った一面としか言いようがなく、とても想像できませんね。でも雅子様はとても優秀な方なんだということです。それが仇となってしまったのか、雅子様の不幸が蜜の味となってしまってはいけませんね。

天皇は象徴的存在なので、一つの区切りとしての時代を良くも悪くもイメージさせてしまうので、雅子様の存在はデリケートに思えてしまいますが、私たちが次の新たな生活をよりよく作っていくと能動的に考えるのであれば、雅子様の回復はポジティブな象徴として時代を支えていくのではないでしょうか。